散骨、平安時代から存在していた
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2019/6/03

新しいと思われがちな「散骨」だが、実はその歴史は古く、平安時代から存在していた。しかし現代と違うのは、散骨を希望する理由や死後の魂に関する考え方にある。

「中世の日本では、現代に比べ『故人の魂は、その人の遺体・遺骨や墓に宿り続ける』という考えが浸透していませんでした。実は、こうした考え方と前近代の支配者層に一部存在した『散骨』志向は、密接に結び付いています。そしてなぜ散骨を希望したかというと、魂が抜けた後の自分の遺体・遺骨や墓に、悪霊が宿ることを防ぐためと言われています。魂が抜けた後の遺体・遺骨や墓には、その遺体や墓の主である死者の魂だけでなく、悪霊(恨みを残した死者の魂など)が宿る可能性もあると信じられていたといいます」

「840年に亡くなった淳和天皇は、自分の死後は葬儀・法要は質素にすること、そして自分の遺体は火葬し、墓を建てず散骨を命じました。天皇が散骨を強く望んだのは『死後、人の魂は天に帰るため、遺体・遺骨や墓は“空っぽ”になり、その後に自分の遺体や墓に、悪霊が宿らないようにする』という信仰からだったといいます。他にも1011年、公家の藤原行成は、彼の母及び母方祖父の遺体を火葬し、鴨川に散骨しています。行成の母と母方祖父は、その16年前の995年に亡くなり、霊廟に安置され恐らくミイラ化していました。これは行成の母方祖父が、娘(行成にとっては母)の遺体を火葬することを嫌ったからです。このことで、行成が母や祖父に不孝をしたと非難されることはなかったようです。この事例で彼が母と祖父の遺体を火葬・散骨したのも、肉親の遺体に悪霊が宿ることを防ぐためであったという可能性があります。そして周囲の人々も、それをよく理解していたということかもしれません」

現代となっては、遺体に悪霊が宿るという考え方は通用しない。しかし、散骨という供養形態は連綿と続いている。そこで求められるのは、散骨をする現代的な意義である。この意義が多様な葬儀サービスの提供や承継的な祭祀費用の削減といった現代社会の要請と一致して初めて、散骨が一般的な供養として受け入れられるのではないだろうか。

○私有地(自宅の庭)に散骨

自宅の庭にお墓を建てることはできません。「墓地埋葬法」では、墓地として許可された場所以外では遺骨を埋蔵・収蔵してはいけないことになっています。ただし、戦前からの土地を所有し敷地内にある墓地は、屋敷墓と称して認めている場合もあります。

散骨方法は、当サイトで何度も書いていますが、散骨する場合は遺骨を粉骨して、遺骨と分からない状態にしてから散骨してください。生前、故人が好きだった木やガーデニングの花壇に散骨しても違法にはなりません。ただし、遺骨の上から土をかぶせては違法になりますので、注意してください。また、遺骨を骨壺に入れて、自宅の庭に埋めてもいけません。

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