沖縄のお墓
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2020/6/01

沖縄のお墓は内地の小さなものと比べ大きく、扉や屋根もありまるで少し小型の家のようなイメージがあります。
お墓の大きさは小さなもので5㎡、大きなお墓ですと30㎡にもなるまさに廟と呼ぶにふさわしいものがあります。

特に有名なのが、琉球王国歴代国王が葬られる世界遺産の玉陵や糸満市の幸地腹門中墓です。

亀甲墓

亀甲墓は17世紀ころ中国南部から伝来したとされ、台湾や福建省には同じようなお墓を見ることができます。
かつては士族のみに許された墓でしたが、琉球藩から沖縄県になった頃より一般に広まりました。
亀甲墓とは女性の子宮をイメージしたデザインで、人は死んだら母親の子宮に帰るということを意味しています。
また、屋根の部分が亀の甲羅のような形をしていることから、名前の由来となっています。

亀甲墓は丘や傾斜地を利用して掘り込み、周囲は石垣の柵となっています。
このお墓は先祖から受け継いでいく大きな墓であり、奥まったところに石を積み上げ壇を作り、多数の遺骨を納めるようになっています。
お墓の内部の入り口近辺に棺を置く場所を設置していますが、これは風葬の名残と言えます。

亀甲墓の前には祭祀に使われる広いスペースの前庭があって、旧盆や清明祭では家族がそろい食物を供え、お酒やご馳走を出す宴会が開かれます。

亀甲墓は太平洋戦争中では防空壕としても使われましたが多数の被害を受け、また生活様式の変化などもあって現在の規模は小さくなっています。

破風墓

破風墓とは、琉球王国の王室だけが作ることができたお墓で三角形の形の屋根をしており、まさに家を思わせる外観となっています。
破風とは屋根の側面につけられた山形の板をいい、これにより風雨を防ぐことができます。
明治時代の廃藩置県以降、庶民にも解禁され破風墓が広まるようになりました。

有名な破風墓は、琉球王国の歴代国王が葬られている世界遺産の玉陵や、糸満市の幸地腹門中墓がよく知られています。

掘り込み墓

掘り込み墓とは、斜面や砂岩層に横穴を掘って作られたお墓で「フィンチャー」と呼ばれています。
掘り込み墓は沖縄のお墓のルーツともいえるもので、入り口を石や漆喰でふさいだだけのシンプルなお墓です。
きちんとしたお墓を作るまでの仮墓的なものとして使用されていました。

風葬文化だったため

沖縄のお墓が大きい理由の1つは、沖縄が風葬文化だったためであることが言えます。

沖縄では、かつては風葬という埋葬方法が行われていました。
この埋葬方法はご遺体を石で囲まれた部屋に安置し、ご遺体を風化させます。
ご遺体が風化しが骨だけになったところで、親族が遺骨を洗い骨壷に入れ石室に再度納骨します。
それゆえ広い場所を必要とし、大きな墓となっていました。

現在は風葬は行われていませんので、お墓は小さくなる傾向にあります。

門中墓が作られていたため

沖縄のお墓が大きい理由の2つ目は、伝統的な家族制度と関連をして門中墓が作られていたためです。

沖縄のお墓は門中墓、すなわち内地でいう先祖代々の墓が主流でした。
これは父系のつながりによりお墓や位牌を継承することであり、それゆえ納骨される骨壺は必然的に多くなっていました。
門中墓は儒教の影響を色濃く受けており、先祖を敬うという意識から生まれてきています。
父系親族すべての人を埋葬するために、お墓も大きくなったといえます。

また、個人では資金がなくとも、親族すべての人で作る門中墓であれば、資金的余裕も生まれ大きな墓を作ることが可能であったと言えます。
近年では、ライフスタイルの変化から門中から独立する人も多く、終活の一環として自分で墓を作る人も多くなってきています。
これが大きいお墓が作られなくなってきた理由にあげられます。

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